城後の更新早めにきました。
城後が移籍や引退などをするような機会がある場合、まず間違いなくホーム最終戦の前に発表されると思います。だから更新自体は疑っていませんでしたが、淡々と更新発表されるあたりが城後らしいなと思いました。
本日は城後のみの更新発表となっています。サムネイルもちょっと城後仕様にしてみました。
城後の経歴
ほんと今更なんですけど、意外と5年以内にアビサポになったという方が多いので、復習がてら振り返っておきます。
リーグ | カップ | 天皇杯 | |||||
西暦 | カテゴリー | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
2005 | J2 | 0 | 0 | – | – | 2 | 0 |
2006 | J1 | 25 | 4 | 4 | 0 | 2 | 0 |
2007 | J2 | 16 | 2 | – | – | 2 | 0 |
2008 | J2 | 27 | 2 | – | – | 1 | 0 |
2009 | J2 | 38 | 5 | – | – | 1 | 0 |
2010 | J2 | 21 | 8 | – | – | 3 | 1 |
2011 | J1 | 31 | 7 | 2 | 0 | 0 | 0 |
2012 | J2 | 41 | 12 | – | – | 2 | 2 |
2013 | J2 | 35 | 5 | – | – | 0 | 0 |
2014 | J2 | 40 | 9 | – | – | 0 | 0 |
2015 | J2 | 42 | 8 | – | – | 1 | 0 |
2016 | J1 | 33 | 6 | 8 | 2 | 1 | 0 |
2017 | J2 | 26 | 2 | – | – | 2 | 1 |
2018 | J2 | 24 | 6 | – | – | 2 | 1 |
2019 | J2 | 35 | 6 | – | – | 1 | 0 |
2020 | J2 | 25 | 1 | – | – | – | – |
2021 | J1 | 12 | 0 | 5 | 3 | 0 | 0 |
2022 | J1 | 6 | 0 | 6 | 1 | 4 | 1 |
J1通算 | 107 | 17 | 25 | 6 | 7 | 1 | |
J2通算 | 371 | 66 | – | – | 17 | 5 |
リーグ通算478試合出場、83ゴール。来年で19年目を迎えます。
上の表を見てわかると思うのですが、大きな怪我で離脱をしたことがあまり多くありません。2009年に靭帯損傷の大怪我をしているのですが、それにしては出場試合数がおかしい。どんな感じだったかもう忘れてしまってますけど、ずっとテーピングをしていたような気がします。
そして在籍5年目に当たる2008年から、背番号はずっと10番を背負っています。言わずとしれたアビスパのバンディエラ。
現役の1クラブ在籍年数で上回るのは広島の青山と柏の大谷のみ。その中のリーグ戦出場試合数では今年城後と大谷が並びました。大谷が惜しまれつつも引退となりましたので、城後はリーグ全体で見ても青山と並ぶ稀有な存在と言えます。
若い頃は
城後の歴史をどこまで掘り下げるか迷うところですが、ある程度簡単に触れる程度にしておきます。というのも、福岡で城後の人気は非常に高く、私は昔から応援こそしていましたが個サポと言えるほどのものではありませんでした。逆に最近の城後がかっこいいなと思うことが多くなり、ベテランの魅力を感じているところです。
城後は国見時代、ボランチとしてプレーしていました。平山相太、中村北斗、兵藤慎剛という1つ上の先輩がいて、同年代には渡邉千真などがいます。選手権の決勝で筑陽学園と対戦した試合はよく覚えていて、平山が頭ひとつ抜けた空中戦で胸トラップしていたのが衝撃でした。
城後は当時からいわゆる「できちゃう人」だったように映っていました。人より身体も恵まれていたしアジリティもありましたし。だから前線でプレイしても一定の活躍をするのですが、逆に言えば適正がどこなのかというのもよく議論の対象となった記憶があります。
先日、浦和さんの浦議チャンネルで中倉さんが出演された際に触れていましたが、当時ミシャが城後を欲していたという話があります。オファーを断って福岡に在籍し続けてくれたというのが、当時のアビサポにとってとても誇らしい出来事だったはずです。現在のアビスパとは違い、当時は特に金銭面でJ1勢とは太刀打ちできる状況ではありませんでしたから。今では上位ではないにしろ、中位〜下位で競えるくらいの運営費となりました。
今年は
去年もそうだったんですが、今年の城後も存在感がありました。特にコロナ禍で選手が揃わなかった夏、城後が中盤で外国人選手達にコーチングしながらチームのバランスをとっていました。これが実際に結果に反映され、天皇杯の長崎戦やルヴァンカップ準々決勝の対神戸2試合では勝つことができました。
マリのゴラッソやお化けフィジカルで勝てたのももちろんあるんですけど、一番苦しかった時にチームをまとめることができた城後という存在は大きかったと思います。誤解を恐れずいうと、一番上手い選手でもないですし、コンスタントに試合に絡む選手でもありません。しかし、福岡の象徴は城後なんだと思います。
来年以降
来年37歳になる大ベテランです。この年齢までサッカーを続けられる人はほんの一握り。しかも来年もJ1ですし、アビスパ在籍19年目となります。
ここまでくれば外野がどうこう言うことではないと思っていて、城後が自分でやれると思ううちはやってほしい。周りが城後の存在意義について疑問に思うようになれば、きっと城後は自分から次のキャリアへ移る選択をすると思います。そういう日が来るまで、引退とかそういうのは考える必要もないというか。サバサバっとした感じで淡々とやる城後が好きです。
なんかこの2年くらいで城後すごく好きになったんですよね。来年のユニ番まだ決めてなくて、城後にしようかなって思いもあります。まだ考え中。前嶋はもちろん紺野も良さそうですけどね!
今回はここまで。